春爛漫 飛鳥山の桜
木曜日実家に泊まって、翌日、千葉の東京大学検見川植物園へ行く前に、飛鳥山を経て王子駅に向かいました。
先ず渋沢記念館の前を通り、飛鳥山に入ります。


飛鳥山は江戸時代からの桜の名所です。江戸時代は都心から1日掛かりで桜見物に出向いたのでしょう。今は東京駅からJR京浜東北線で20分ほどです。
桜(ソメイヨシノ)が見頃になっていました。金曜日とあって、夜桜見物の宴会用に、ブルーシートで場所を確保しているグループがいくつかありました。100年に一度の不景気を吹き飛ばそうと言うのでしょうか。


飛鳥山には渋沢栄一博物館、紙の博物館、飛鳥山博物館の3つです。
渋沢栄一博物館には、栄一翁の記念品や同時の業績が展示されています。偉大な方だったことがよく分かります。
紙の博物館は、洋紙の我が国での製造が始まったこと、王子製紙があったことから、出来たもので、かつては王子にあったものが移設されました。
飛鳥山博物館には、縄文、弥生時代の遺跡から発掘されたもの、またかつて波打ち際だったところが地殻変動で隆起した事実を展示しています。
渋沢栄一翁の石像です
飛鳥山公園には、デコいちと都電が展示されています。


今年のソメイヨシノは、開花から満開まで12日間を要したそうです。それだけ寒冷な日々が続いたためでしょうか。そのせいでしょうか、いつもは花が散ってから葉が出るのに、今年は既に葉芽が展開しかかっています。
6年前の今頃、車椅子に母(90歳)を載せて、飛鳥山へ花見に来ました。良い天気でポカポカ陽気でした。そのとき、ひょっとしてこれが母の最後のお花見になるのでは・・・とふと思ったことでした。それが本当になってしまったのです。
4月の下旬に自宅で転んでしまいました。近くの印刷局東京病院で診察してもらったのですが、何時までも痛みが取れないので、レントゲンを撮ったら、右大腿骨を骨折していることが判りました。そのままだと寝たきりになるといわれ、手術に踏み切りました。。
5月5日(こどもの日)の夕食には、特別にデザートなどが出ていました。それをぺろりと平らげたので、食欲も快復し、良かったなと思ったのですが、翌朝再度病室を訪れたとき、寝たままなのです。急いで看護師を呼び、医師が駆けつけましたが、その後翌年2月3日に亡くなるまで、意識が戻ることはありませんでした。手術そのものは成功したのに、術後1週間して、血栓が頭に飛び、脳梗塞を発症したのです。
高齢者の術後の血栓による医療事故についてはよく知りませんでしたが、往々にしてあることのようですので、十分気をつける必要があります。


飛鳥山にはかつてグランドがあり、中学の運動会をやったことがありましたが、今は公園として整備されました。王子方面から板橋に向かう首都高速道路が飛鳥山の下をくぐっていて、池袋方面へ向かう明治通りで地上に顔を出します。又東京に残った唯一の都電が三ノ輪橋から早稲田まで走っています。元の王子電軌の軌道を使っているので、専用軌道を走る区間が殆どです。


王子から三ノ輪方面にクラシック車両が・・


先ず渋沢記念館の前を通り、飛鳥山に入ります。


飛鳥山は江戸時代からの桜の名所です。江戸時代は都心から1日掛かりで桜見物に出向いたのでしょう。今は東京駅からJR京浜東北線で20分ほどです。
桜(ソメイヨシノ)が見頃になっていました。金曜日とあって、夜桜見物の宴会用に、ブルーシートで場所を確保しているグループがいくつかありました。100年に一度の不景気を吹き飛ばそうと言うのでしょうか。


飛鳥山には渋沢栄一博物館、紙の博物館、飛鳥山博物館の3つです。
渋沢栄一博物館には、栄一翁の記念品や同時の業績が展示されています。偉大な方だったことがよく分かります。
紙の博物館は、洋紙の我が国での製造が始まったこと、王子製紙があったことから、出来たもので、かつては王子にあったものが移設されました。
飛鳥山博物館には、縄文、弥生時代の遺跡から発掘されたもの、またかつて波打ち際だったところが地殻変動で隆起した事実を展示しています。
渋沢栄一翁の石像です
飛鳥山公園には、デコいちと都電が展示されています。


今年のソメイヨシノは、開花から満開まで12日間を要したそうです。それだけ寒冷な日々が続いたためでしょうか。そのせいでしょうか、いつもは花が散ってから葉が出るのに、今年は既に葉芽が展開しかかっています。
6年前の今頃、車椅子に母(90歳)を載せて、飛鳥山へ花見に来ました。良い天気でポカポカ陽気でした。そのとき、ひょっとしてこれが母の最後のお花見になるのでは・・・とふと思ったことでした。それが本当になってしまったのです。
4月の下旬に自宅で転んでしまいました。近くの印刷局東京病院で診察してもらったのですが、何時までも痛みが取れないので、レントゲンを撮ったら、右大腿骨を骨折していることが判りました。そのままだと寝たきりになるといわれ、手術に踏み切りました。。
5月5日(こどもの日)の夕食には、特別にデザートなどが出ていました。それをぺろりと平らげたので、食欲も快復し、良かったなと思ったのですが、翌朝再度病室を訪れたとき、寝たままなのです。急いで看護師を呼び、医師が駆けつけましたが、その後翌年2月3日に亡くなるまで、意識が戻ることはありませんでした。手術そのものは成功したのに、術後1週間して、血栓が頭に飛び、脳梗塞を発症したのです。
高齢者の術後の血栓による医療事故についてはよく知りませんでしたが、往々にしてあることのようですので、十分気をつける必要があります。


飛鳥山にはかつてグランドがあり、中学の運動会をやったことがありましたが、今は公園として整備されました。王子方面から板橋に向かう首都高速道路が飛鳥山の下をくぐっていて、池袋方面へ向かう明治通りで地上に顔を出します。又東京に残った唯一の都電が三ノ輪橋から早稲田まで走っています。元の王子電軌の軌道を使っているので、専用軌道を走る区間が殆どです。


王子から三ノ輪方面にクラシック車両が・・



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