忘れえぬ人 桐野秋豊 (しゅうほう)さん

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私が椿趣味にのめりこんだのは、40数年前、我が家から歩いて15分の横浜市と町田市にまたがるこどもの国の椿園で、桐野秋豊さんに声をかけられたのがキッカケでした。その後私は、横浜ツバキ同好会(現在は消滅)や日本ツバキ協会に入会しています。

桐野さんは、1927年(昭和2年)「越中おわら風の盆」で有名な富山県八尾町(現富山市)の生まれ。富山県内の国公立の小・中学校で理科担当教師として勤務の傍ら椿を研究され、のち請われて東京安達椿研究所主任研究員に転じておられます。
安達潮花さん死去のあと、こどもの国「ツバキの森」担当主任として長らく勤めておられました。
椿に関する本を何十冊も書かれていて、椿の園芸書で右に出る人はいません。
(最近は園芸ブームが下火になり、ここ10年あまり殆ど椿の本が出版されていません)
写真のほかに細かく観察してスケッチされています。読者の質問には丁寧に返答されていました。

長年の功労で、1994年(平成6年)園芸文化協会より「園芸文化賞」を授与されています。
2007年より日本ツバキ協会会長に就任されましたが、 2015年5月19日に87歳で亡くなられました。
八王子郊外のご自宅で日本、中国、ベトナムなどの原種や園芸種のツバキを育種、栽培されていました
私も1,2度伺ったことがあります。
主なツバキは、富山県南砺市のいのくち椿館に寄贈され、大切に育てられています。

我が家にも桐野さんにいただいたリンゴ椿が、今や3mにも成長して花をつけるので、桐野さんを偲んでいます。
このリンゴ椿は屋久島特有のツバキで、花もさることながら、大きな果実をつけるので、この名がつけられています。
我が家のリンゴ椿は、椿の研究で有名なお茶の水女子大教授の故・津山尚博士が、屋久島で採取されたものの子孫と伝わっています。

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