創立20周年、第10回町田・ハーモニカフレンズ演奏会

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7月19日(火)コロナ禍の中、創立20周年第10回町田・ハーモニカフレンズ演奏会は、おかげさまで600余名の聴衆の方々をお迎えして、実施することができました。
もし1周遅れで開催だったら、来聴者は激減したであろうと想像すると、19日でギリギリセーフでした。

ご来聴頂いた皆様、本当に有難うございました。
なにかと不手際もありましたが、どうかお許しください。

写真が小さいのですが、私は最前列右から3人目におります。

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第2部の小グループの演奏では、カルテットで「ラ・クンパルシータ」を演奏しました。

創立20周年、第10回町田・ハーモニカフレンズ 定期演奏会 7月19日(火)午後、相模女子大グリーンホール

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昨年開催予定でしたが、コロナ禍で一年延期された演奏会が、7月19日(火)午後、相模大野の相模女子大グリーンホールで開かれます。
入場は無料です。
平日の午後ですが、ご都合のつく方は是非ご来聴下さい。
会員の合奏の他、プロの演奏もあります。
小グループの演奏もあり、私も出演予定です。

以前は、町田市民ホール(800名収容)で開いていましたが、満席で入場できない方から苦情がでたこともあり、グリーンホール(1700名収容)に会場を変えて、開いてきました。

私共が使っているハーモニカは、クロマチックといい、3オクターブ半から4オクターブあり、レバーを押すと半音高い音がでます。一つの穴で、4つの音が出るものです。どんな諧調の曲でも、一本で吹けるのです。音階順になっているので、複音より慣れるのがはやく、吹きやすいです。
リードも丈夫で、複音より大きな音を出せます。
ドイツのホーナー、日本のスズキ、トンボなどからクロマチックは発売されています。

二列になっている複音ハーモニカは、トレモロはきれいですが、リードがやや弱いこと、半音を出すために2本のハーモニカを、まるで手品のように操る必要があります。また吹き、吸いの順番の関係で、ドレミファソラドシと、ドとシが入れ替わっているのです。低音の方もソとラが入れ替わっています。

わが国では小中学校の音楽授業で、ハーモニカを使わなくなり、鍵盤ハーモニカやリコーダーに替わったそうです。
ちょっぴり残念ですね。

梅雨空に咲く 花菖蒲

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30年以上前に買い求めた花菖蒲1種類だけですが、今が盛りと咲いています。
花菖蒲は花後に根分けして、ポットに植え替える手間がかかります。
そのままにしておくと、翌年花が咲きません。
池や水鉢でなくても、プランターで育てることができます。

町田市の薬師池公園には何十種類もの花菖蒲が咲いていることでしょう。
花後は掘り上げて、黒のビニールポットに植え替えて、翌春迄管理されています。

6月4日、私の83歳の誕生日

83歳の誕生日を無事迎えることができました。
長男一家と夕食を共にした後、わが家で「セレモニー」
孫たちから花束、ケーキやマグカップ、お祝いのコメントシートをもらいました。
4人の孫の一番下の娘とは75歳違いです。

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夏椿 初花 開花

一昨年、近所の花屋さんに注文して、市場で取り寄せてもらって植えた夏椿(ツバキ科ナツツバキ属)の初花が開花しました。

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福島及び新潟以南の本州、四国、九州に自生するツバキ科の落葉樹です。6月~7月にツバキに似た小さな白花を咲かせます。
ツバキと違って、一日花です。
新緑、紅葉、幹の様子が美しく、シンボルツリーとして玄関に植栽されることが多いようですが、余り日照は好まないようで、日本以外では韓国に自生が見られるそうです。アメリカにはツバキは原生していませんでしたが、落葉性のナツツバキの仲間、フランクリニア・アラタマハが一種だけ自生していて、記念切手にもなっています。

花は直径6センチほどで、5枚の花弁があり、その先端はまばらにギザギザしている。
樹高は最大で20mほどに達するそうで、大木になると幹の表面が薄く剥離し、サルスベリのような独特の縞模様ができるそうです。

腰痛悪化→「坐骨神経痛」→脊柱管狭窄症→手術

昨年晩春に再発した腰痛は、投薬、湿布による対症療法の効果はなく、痛み止めの薬も限界量まだ処方されました。
今年2月に、腰から脚の裏、足先までが痛んだり、しびれたりするようになりました。
かかりつけ医からは、手術を受けるしかないとの診断でした。
北里大学病院、市民病院はどうだろうとのことでしたが、北里は遠く、市民病院は医療体制に不安を持ちました。
7年程前、新百合ヶ丘総合病院の紹介を受け、外来で整形外科に通ったことがありました。
その折は、投薬で腰痛が収まりました。

今回そのことを思い出し、HPを見たところ、整形外科ではなく、脊椎脊髄外科で治療を行なっていることが分かりました。
脳神経外科の医師が、低侵襲の手術を行なっていることが、詳細に記載されていました。
その手術の権威の医師の外来を申し込み、受診しました。
7年前の画像を見てくれたあと、MRIとレントゲン検査を受けました。
症状が悪化しているので、手術を勧められました。

コロナ禍で入院、手術もセーブ気味の様でしたが、偶然3月14日の手術日が空いているとのことで、即手術をお願いしました。
入院のための追加検査(血液検査、検尿、胸部レントゲン撮影)、麻酔医との面談、入院手続の説明を受け、午後2時半までかかりましたが、一日ですべての手続きが終わりました。高額医療費公費援助の話も受けました。帰宅後に市役所に電話し、書類を取り寄せて、手続きしました。


月曜日午後の手術のため、前週の土曜日午後の入院となりました。長男が車で病院の玄関まで送ってくれました。
入院手続を済ませると、担当看護師が迎えに来てくれて、2階の病棟相談室へ案内されました。そこでPCR検査を受けました。
1時間ほどで陰性の判定が出て、病室に案内されました。4人部屋ですので、差額ベッド代はかかりません。
入院中の予定表が渡されました。

日曜日は何もすることはありませんでしたが、2度目のPCR検査を受けました。最初のPCR検査で陰性でも、翌日陽性になる人も稀にはあるからだそうです。病院は新型コロナに非常に気をつけていることが分かりました。

14日(月)14:00からの手術予定が伝えられていました。当日は絶食です。昼前に看護師から、午前中の手術がはやく進んでいるので、手術は12:30に繰り上がるとの連絡がありました。ほどなく呼び出しがあり、1階の手術室迄歩いて行きました。
手術室に入ると、執刀医の水野先生以下、7,8名のスタッフが手術台の前におられました。
手術台に乗り、麻酔のマスクをされました。4時間後に自分のベッドに戻って覚醒するまで、全く意識はありませんでした。
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全身麻酔ですから、自発呼吸ができないので、酸素を入れていました。排尿の管のほか、背中にはドレンを抜く管がついていました。
術後の痛みもなく、一晩過ごし、翌日から食事も摂り、リハビリが始まりました。
切除した黄色靭帯はホルマリン漬けにして、渡してくれました。

病院は21時消灯、6時起床ですから、夜の時間が長いのです。
朝食は7時、昼食は12時、夕食は18時30分で、ベッドまで配膳されます。75歳以上はのどに詰まらせる恐れがあるとのことで、パン食はなしで、全食ご飯でした。30回ほどの食事のメニューは全部違うものでしたが、塩分抑え気味ながら、ふりかけが付いたり、デザートもつきました。白身の魚が多かったように記憶します。病院食としては秀逸です。
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術後1週間経ち、3連休明けに退院しました。高額医療費補助のおかげで、3割負担27万円かかるところ、10万5千円で済みました。有難いことです。

帰路は一人でバスで新百合ヶ丘駅へ。小田急、コミュニティバスを乗り継いで、12時に家につきました。
翌日は、西成瀬の個人宅のしだれ桜見物に、家人と歩いて行き、5000歩を越しましたが、大丈夫でした。

傷跡は順調に回復し、以下の写真の通りです。
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第68回町田ツバキ展 不参加 腰痛(脊柱管狭窄症)

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コロナ禍で、全国椿サミットは3年連続中止。全国各地のツバキ展も殆どが中止になっています。
そんな中、町田市薬師池公園内、町田市フォトサロンでは3月4日(金)から6日(日)の3日間、ツバキ展が開かれます。
寒くて長い冬から、やっと春の気配が漂いだしました。
秋のツバキ展から販売している蕾付き苗の評判がよく、花が咲き出すとどんどん売れてしまい、今春はもう販売苗がありません。
生産者の方も出荷積みで、追加注文ができません。
ところで昨年晩春以来再発していた腰痛(脊柱管狭窄症)が悪化し、投薬の効果なく、坐骨神経痛がひどくなってしまいました。腰から下、脚、足の先まで痛みが走り、痺れがアリマス。足の裏は痺れて、まるでスポンジの上を歩いている感じです。転倒すると危ないので、折り畳み式の杖をアマゾンで購入しました。
紹介状をもらって、6,7年前に通ったことのある、新百合ヶ丘総合病院脊椎脊髄毛細神経外科で受診したところ、MRI、レントゲン撮影の結果、要手術ということになりました。
7年前は整形外科を受診したのですが、今回は脳神経外科から派生した脊椎脊髄毛細神経外科です。
通常手術まで2,3か月待ちというところ、偶然3月半ばの一日だけ、センター長であり、手術の権威である水野順一先生の手術日が空いていたので、予約しました。
入院前の検査、麻酔科医との面談、入院説明などを一日で一気に終えることができ、ラッキーでした。
全身麻酔で3時間。リハビリを含めて1週間から10日の入院です。
先生からは、「私の患者は全員75歳以上です。最高齢は90歳を越した女性で、100歳で自立歩行していました。手術が終わったら、余生を楽しんでくださいね」と励まされました。
そんなこともあり、今年のツバキ展には参加できません。

2月14日 椿・バレンタインデー

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以前にも一度このブログにアップしたことがありますが、バレンタイン・デーという名の椿があります。
暖冬気味で早く咲くようになりましたが、我家ではひと月後のホワイトデーに咲きます。
この写真は先年、我家で撮影したものです。

1967年にトウツバキのクリムソンローブと、ジャポニカ種のティファニーの交配で作出された、種間雑種で、大輪、千重で、濃紅に白の斑が入る豪華な椿です。
トウツバキ系ですが、挿し木で殖やすことができます。

ベートーベンホール完成記念切手

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高校3年から、2,3年、旧西ドイツ・オーバーハウゼンに住む同年配の女性と文通していました。
確か母親との二人暮らしだったと記憶します。互いに外国語である英語での文通でした。
月に1度くらいの文通だったでしょうか。
私が切手を集めていると書きましたら、多くの切手を貼付した航空便を送ってくれました。
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ボンにベートーベンホールがオープンした記念の小型シートです。
奥様がドイツ出身の知人から、この小型シートは、旧西ドイツで発行された最初の記念シートだから、大切にしなさいとのことです。
私がFacebookに投稿した記事を見て、奥様がおっしゃったようです。

文通は2,3年で自然消滅してしまいました。
後年、デュッセルドルフに行った折、すぐ隣り町のオーバーハウゼンへの交通標識があり、懐かしく思いました。
私と同年配ですから、80を過ぎていると思いますが、どうしているでしょうか。




腰痛~坐骨神経痛

昨年春は3カ月ほど眩暈で耳鼻咽喉科へ通いました。
直ったと思ったら、今度は腰痛が再発。60歳過ぎてから、何回か腰痛で整形外科へ通いました。一度は新百合総合病院を紹介され、MRI等も撮りました。脊柱管狭窄症との診断でしたが、まだ手術には及ばないとのことで、血流を良くする薬や湿布を処方され、痛みは治まりました。

5月から、近所の整形外科が閉院になってしまい、歩いて10数分の別の整形外科へ通っています。
レントゲンの結果は、まだ手術にはおよばないとのことで、投薬、湿布の対症療法を受けています。
しかし、痛みは治るどころか広がり、腰から脚、足の裏側に進みました。いわゆる座骨神経痛なのです。
右側が特に傷みます。24時間痛いわけではありませんが、椅子に座ろうとすると、右の腰に針が刺さったような痛みが走ります。
歩くと痛むのですが、スーパーまで3分のところ、5分以上かけて買い物に出ます。買い物して外に出ると、痛みをわすれてしまうこともあるのです。
家人と散歩に行き、5000歩以上歩けるときもあります。バスカードをもって、帰り道はバスで最寄りの停留所まで帰ることもあります。
ひと月ほど前から整体にも通って、マッサージなどを受けています。まだ顕著な効果は出ていません。

それにしても坐骨神経痛が、こんなに辛いものとは思いませんでした。
ああ、痛い、痛い。

そんなこともあり、ブログの更新も滞りました。

元旦 長男一家と

大みそかから長男のところの孫4人の内、二人がわが家に泊まり、元旦は長男一家の残りの4人が来宅。
賑やかな一日を過ごしました。
昼は暮れに予約していたおせち2種を中心に、夕食は握り寿司とカニで・・・・。
8人で殆ど平らげました。

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謹賀新年 わが家の初日の出

DSC06395 - コピー.JPG謹賀新年。今年もよろしくお願いします。

今冬は、南町田の長男の一番上の息子と、一番下の孫娘が、大晦日からわが家に泊まりに来ました。
紅白歌合戦もそこそこに、早寝したので、孫息子は5時に目を覚ましたそうです。

私は6時に起床し、新春テレビ体操をやりました。
7時頃が日の出なので、ベランダで孫と待機。
孫が望遠レンズで撮った写真です。

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終戦後最初の一年生の教科書

私は終戦後の昭和21年4月に、疎開先の鳥取県米子市の就将国民学校に入学しました。
まだ戦中の「国民学校」といっていました。
1学期の教科書は、戦時中の教科書の黒塗りを使ってのではないかと思います。
2学期の教科書は、新聞見開き大に印刷したものが配られ、自宅で母親が製本してくれました。
実家へ寄った折、段ボールの中から、国語と算数の教科書が出てきました。
国語の教科書を開いてみたら、なんと漢字交じりのカタカナで、しかもまだ旧仮名遣いでした。
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第67回町田ツバキ展 於 薬師池公園内・町田市フォトサロン

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町田市野津田の薬師池公園内、町田市フォトサロン2Fで、12月4日(土)5日(日)の両日、ツバキ展が開かれます。
小田急町田駅北口から線路沿いに新宿方へ歩き、踏切の左手のバス発着所から、野津田車庫行バスで20分。薬師池で降ります。

春に比べて数はずっと少ないのですが、早咲きのツバキを展示します。椿の生け花、絵画、写真などもあります。
蕾付きの椿苗20種を1本500円で販売していますが、人気を呼んでいます。

「夢」です。↓
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2022年用年賀ハガキ、切手発売

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選挙が終わって11月1日。早くも来年用の年賀ハガキ、切手が発売されました。
年賀ハガキは去年までと同じように、無地、インクジェット、写真印刷用、イラスト入り寄付金付きなどがあります。

年賀切手は虎のデザインで、63円、84円、63円寄付金くじ付き、84円寄付金くじ付きと4種類あります。
そのうち、63円の切手はシール切手です。年賀切手のシール切手は初めてだそうです。
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1960年秋 早慶6連戦

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断捨離をしていたら、1960年秋の早慶戦6連戦の写真が出てきました。
当時のことを記憶されている方は80才以上でしょうから、本ブログの読者にはほとんどおられないことでしょう。

東京六大学野球は土日に開催されるのですが、1勝1敗の場合は、平日に試合が開催され、どちらかが2勝するまで続きます。
早慶戦は六大学野球の最終戦です。
また早慶戦に限っては、平日の試合があると、授業が休講でした。
1960年の早慶戦は6連戦となり、早稲田が優勝しました。
確か安藤が連投した筈です。

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学生席に入るには、学生服を着て、学帽をかぶっていなければなりませんでした。
女子学生はどうだったのか、全く記憶がありません。文学部や教育学部には女性がかなり在籍していましたが、法学部ではクラスにたった一人でした。



栄枯盛衰

断捨離を進めていたら、30年ほど前のロンドン・ピカデリーサーカスの写真が出てきました。
サンヨーとTDKの看板がありますが、今は別のものになってしまっています。

サンヨーは白物家電で、日本はもとより、世界各地に輸出され、あちこちで看板を見る機会がありました。
そのサンヨーですが、パナソニックに吸収合併されてしまいました。

わが家にも以前、サンヨーのエアコンや、洗濯機、冷蔵庫があった時代もありました。
充電式電池など、今でも使っていますし、パナソニックで生産・販売が続いています。

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  現在のピカデリーサーカス ↓
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昨今は銀行をはじめ、企業の合併が進んでいます。合併で効率化を図っているのでしょうが、雇用は守られているのでしょうか。
対等合併では、合併後の主導権争いがあるようです。
吸収されてしまった規模の小さい方に勤めていた方々が冷遇されないことを祈りたいものです。


2022年椿カレンダー

日本ツバキ協会制作の2022年椿カレンダーが出来上がり、拙宅に届きました。
私が撮影し、応募した「ダローニガ」が5月に採用されました。
1986年にアメリカで作出された椿で、クリーム色を帯びていることから、金鉱山の町の名前が付けられたそうです。
中~大輪で、3月から5月初めまで咲きます。
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敬老の日 一族郎党大集合

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長男が5年7カ月でジャカルタから帰任、我家から車で12,3分の南町田に住んでいます。

次男の上の孫息子が来年小学校進学で、土屋鞄のランドセルの贈呈式を兼ねて、一族郎党が久しぶりに大集合しました。

昼はわが家から歩いて10分ほどのところにあるイタリアンで会食。
次男が手配した「ナガクツ」という店です。オーナーシェフがイタリアで2年修業したそうです。
食後、近隣の公園で遊んでからわが家へ。

ランドセルはひと月ほど前に出来上がっていて、我家に届いていました。
孫たちへのランドセルはこれで5個目。2年後に末の孫娘が6個目で最後になります。

ランドセルの中もなかなかよくできています。
長男のところは二人中学生ですが、ランドセルは堅牢で、6年間ちゃんともったそうです。

ソニービルほか 都心を歩く

日本橋のクリニックに出かけました。
11時ころに終わって、日本橋高島屋へ。
「森伊蔵」とサントリーのウィスキーの抽選販売申し込みには、次々に人が来ています。
私も申し込みました。プレミアムがついている酒類が定価で買えるチャンスなのです。
毎月1日から10日まで、地下1階食品売り場の入り口で、申込書がもらえます。

終わってから地下二階のレストラン街へ。
お目当ては、鼎泰豊の小籠包です。
昼時には予約カードが配られて、空席ができると拡声器から番号が呼ばれるほどの人気です。
数年前、台湾・新竹市でアジアハーモニカ大会があった折、現地の鼎泰豊で食べた小籠包が旨くて気に入りました。
わが国では高島屋の店内に鼎泰豊がありますが、昼時は人だかりです。
11時半前だったので、すっと入れました。

小籠包とチャーシュー麺を摂った後、京橋から銀座方面へ歩きました。
コロナ禍もあって、人通りはまばらです。

土橋にこんな記念碑がありました。昔は芝居小屋があったのです。
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銀座一丁目に天龍という大餃子で有名な店があります。
そこに寄って、大餃子をテイクアウトしようと思いましたが、見あたりません。
店のあったところ更地になって、別の店の屋外食事場所になっていました。
(帰宅後ネットでしらべたら、天龍は近くの高速道路際に引っ越していました)

向かい側には、以前「萬年社」という日本最古の広告会社がありましたが、かなり以前に倒産してしまいました。
三井銀行の銀座支店もあったのですが、今はありません。
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数寄屋橋交差点に出ました。
ソニービルが新築されていました。
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以前のソニー・スクエアの小広場はありません。
1階は日産の展示場になっていましたが、4,5階はソニー製品の展示、販売店が復活していました。まだ暫定開業中とのことです。
ミラーレスのカメラや、大型のテレビを見たりしました。

パラリンピック開催

パラリンピック開会式が24日夜開催されたが、オリンピックに比べて概ね好評のようです。
パラは競技種目が22と、オリンピックよりずっと少なく、参加選手も少ないのです。

オリンピックの記念切手2シートの掲載を忘れました。
なんと50種もあります。
写真から描画し、デザインしたものの様に思われますが、グラビア印刷は平板で、まるでシールのようです。
どうして日本の高度な日本の印刷技術を駆使しないのでしょうか。
余りに安直に思えて仕方ありません。

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パラリンピック記念切手

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コロナ禍が収まるどころか、ますます危機的な状況になっていますが、パラリンピックはオリンピック同様、開催されるようです。
今回、オリンピックとパラリンピックを記念して、3シートにも及ぶ記念切手が発行されています。
競技の写真をもとにデザインされたと思われるグラビア印刷の切手です。
かつてデザイン、印刷技術で評判だった日本の切手から見ると、まるでシールのように感じてしまうのは、私だけでしょうか。

















































1964年東京オリンピック 寄付金切手

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57年前の1964年東京オリンピックのときは、開催前の数年に寄付金切手が6回にわたり発行されました。
当時の葉書の料金が5円で、寄付金5円が賦課されていました。
現在の葉書料金が63円ですから、12倍以上になっています。
寄付金切手は、単色ですが、凹版印刷です。
凹版印刷は、インクが盛り上がって見えます。

ここに載せたのは、小型シートに一種1枚ずつのものですが、同時に1種1シート20枚にしたものも、発行されました。
当時は郵趣趣味がピークの時代だったようで、発行枚数が限定されていたので、発売当日は東京中央郵便局の周りに行列ができていました。

百貨店の中にも郵趣コーナーがあった時代でした。プレミアムが付くので、少額とはいえ投資の意味もあって購入する人が多かったのです。



郵便サービスが変わる 土曜日の配達中止

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10月から郵便サービスが変わるそうです。
主な変更点は、日曜、祭日に加えて、土曜日の通常郵便物の配達を止めるとのことです。
代わりに、休日にも配達する速達は、料金を若干下げるそうです。
最近はEメール、Line、携帯メールなどの普及で、手紙、ハガキを出す機会はかなり減りました。
長年発行されてきた暑中見舞いハガキも今年から発行中止になりました。そういえば今年は暑中見舞いが一通も届きません。
ポストに何も届かない日があります。何か届いてもDMだけのことも多いのです。
私が学生の頃は、午前、午後と一日に2回郵便配達がありました。それが1回になったのはいつのことか分かりませんが、現在は平日、土曜の昼前に1度の配達です。今では時々3連休、場合によっては4連休ということもありますから、今後は連休明けの郵便物がどっと来るかもしれません。
加えて配達所要日数も今までより1日増えるそうです。従来は午後5時の最終取り集めに投函すると、都内は翌日配達されていましたが、これからは翌々日になる覚悟をしなけれがならないでしょう。
まあ全国一律63円の葉書、定形郵便物25グラムまでは84円で配達されるサービスは、料金的には安いと思わざるを得ないでしょう。
雨の日も風の日も、雪の日も配達ご苦労様です

ニッポン・ハーモニカ・クラブ コンサート

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コロナ禍は一向に収まりそうにありませんが、恒例のニッポン・ハーモニカ-クラブの演奏会が、8月28日(土)午後、杉並公会堂で開かれます。
町田・ハーモニカフレンズは開演直後に、クシコス・ポストマンボNo.5の2曲を演奏します。
(マンボNo.5でアーーウという掛け声を発します)

出演者はワクチン接種済で、演奏会10日前から体温測定記録しています。会場はソーシャルディスタンスをきちんととっています。
こんな時期ですので、とりあえずのご案内です。

ミュンヘンオリンピック 金メダル

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コロナ禍にめげず、東京オリンピックは半ばを迎えています。

もう半世紀近く前の1972年オリンピック・ミュンヘン大会で、勤務先の野村豊和さんが金メダルを取りました。
野村選手は当時、教育研修課に所属していたと思います。
広報室カメラマンの木之下晃さんが、金メダルを4×5のポジフィルムで撮影しました。断捨離をしていたら、そのポジが出てきました。少し変色していますが、お目にかけます。
撮影の時、メダルに触らせてもらった記憶があります。

長男ジャカルタから本帰国 ほか

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18日(日)早朝、ANA定期便で、長男が6年半余りのジャカルタ勤務から、
羽田へ無事、本帰国しました。一安心です。
インドネシアでは、ワクチンの接種も遅れ、新型コロナが蔓延し、
在留日本人も罹患し、亡くなる人が出ているようです。
定期便の予約は8月一杯満席とか、そんな中で、勤務先の手配で
帰国できたのは幸いでした。

10日間は空港隣接のホテルで隔離生活を余儀なくされます。
1500室もある立派なホテルですが、未開業のまま、目下隔離ホテルに
なっているようです。
そのため、レストランなどの利用ができないようです。
食事は部屋のノブにぶら下げられる弁当を摂っているそうですが、
帰国者にはおいしいそうで、なによりです。

今年もはや半年を過ぎ、梅雨が明けて猛暑となりました。
2カ月ほど悩まされた眩暈が治ったら、腰痛が再発。
近所の整形外科が廃業したので、徒歩10分ほどの整形外科へ。

以前も腰痛で通ったことがあり、今回のレントゲン撮影と比較して
2年前とほとんど変わらないとの診断ですが、痛みは2年前よりきつい。
長年続けているテレビ体操、ラジオ体操もできないほどです。
痛み止め、血液循環促進剤と湿布薬が処方されています。

「腰」は体の要です。痛いのは辛いです。

2008年3月 ICSコーンウォール大会の思い出 その1

先ごろG7がイギリスのコーンウォールで開かれました。

2008年3月にコーンウォールでひらかれたICS(International Camellia Society)のコーンウォール大会に、参加しました。
当時のブログで書いていたのですが、手を入れて再掲します。
この年ですから、再びヨーロッパ旅行などに行くことは無いでしょう。

2008年3月31日、成田をANA便で発ちました。昼間のフライトは快適で、食事、飲み物サービスは他社のビジネスクラス並とも思えるほどでした。
ヒースロー空港近くのホテルで一泊。
エアラインのクルーも利用するホテルですが、チェックインに一時間もかかりました。皆文句も言わず行列していますが、なんとも非能率です。毎度利用しているであろうクルーも待たされていました。

 翌朝他の参加者達と合流して、バスで西海岸のコーンウォルへと向かいました。英南西部のコーンウォールに乗り込んだ。風光明媚な避暑地で、アガサ・クリスティの推理小説の舞台にもなった場所です。
 道路は高速が大半でしたが、片側一車線の道ありで、約6時間。途中1回ドライブインで昼食を各自摂るため45分の休憩がありました。
 午後4時頃ホテルに到着しました。
緯度でいえば樺太並の北にありながら、メキシコ暖流のお陰で温暖な気候で、保養地になっています。
写真は宿泊兼大会会場となった、ファルマス・ビーチホテルです。

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G7のニュースでは、海岸の風景がよく映っていましたが、私はあまり記憶に残っていません。
ホテルの窓際に、海鳥が餌をねだって毎朝現れましたので、海岸に近かったのは事実です。

大会ではいくつかのセミナーがあり、また椿展や椿園の見学もコースに繰り込まれていました。
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梅雨入り宣言

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東京もようやく梅雨入り宣言のようで、例年よりは遅いとか。
梅雨にはアジサイが良く似合いますが、今年はかなり早くから咲いています。
団地住まいの時の鉢植えからですから、もう半世紀近くになります。
白、青、紅と3種類あります。

アジサイは江戸期にヨーロッパに渡り、品種改良が進んで、ハイドランジアとして日本に入ってきました。

初期の緑内障 

18年前の未破裂脳動脈瘤発見のきっかけとなった、中央区新川の眼科医には、以来毎年一度精密検査に行っています。
昨年11月の検査で、眼圧が少し高くなっているので、半年後に再検という指示がありました。
先週視野測定、眼圧検査などを受けたら、初期の緑内障とのことで、目薬を処方されました。
早期発見だったので、緑内障の進行を抑えることができそうですが、目薬とは一生の付き合いの始まりです。

ところで、高島屋の「森伊蔵」定価販売抽選にまた当たりました。配達はしてくれないので、5月末に引き取る必要がありましたが、腰痛もあり、6月9日まで保管をお願いしたら、快く引き受けてくれました。健診の帰途、新宿高島屋で購入してきました。
お使い物にするかもしれないと申しましたら、きれいに放送してくれました。

今まで自宅で一人で森伊蔵を飲んだことは1回しかありません。高校の集まりとか、合唱の打ち上げの時に、皆で飲んでいました。
ここ1年半近く、飲み会もないので、なんと4本も溜まってしまいました。そのうちの1本は特選品で6000円ほど、あとの3本は3000円ほどです。
早く仲間と飲めるようになりたいものです。

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6月4日 82歳の誕生日

 6月4日は虫歯予防デーですが、私の誕生日でもあります。
無事に82歳の誕生日を迎えました。父親は78才でなくなりましたから、私は父より4年長生きしています。
男の平均寿命も越しました。腰が痛むほか、今のところ命取りの病気は見つかっていません。
Facebookには10人近い人からお祝いの言葉を頂きました。

ネットでしらべると、6月4日の誕生花は「ニッコウキスゲ」「ウツギ」「ピンクのカスミソウ」だそうです。
ニッコウキスゲの花言葉は「日々あらたに」「心安らぐ人」とのことです。
花言葉のように生きたいものです。

残念ながらわが家には、ニッコウキスゲ、ウツギ、ピンクのカスミソウはありません。
かつてウツギはあったのですが、消えてしまいました。
今は、アジサイが満開です。今のところに住んでからずっとありますから、もう45,6年はあります。

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一難去って また一難 腰痛、頸痛

ふた月ほど続いた眩暈は、自覚しないほどまで回復しました。
ところが、それと入れ替わり?に、腰痛が再発。
最寄りの整形外科は廃院。歩いて10分の別の整形外科へ行きました。
以前も何度か行っている医院です。
頸も痛いので、併せてレントゲンを撮りましたが、2年前とさほど変化してはいないとのこと。
椎間板が狭くなっているが、手術には及ばないとのことで、痛み止めと湿布薬の投薬で様子をみることになりました。
でも、寝ても覚めても腰が痛いのです。
どうしたものでしょうか?

新型コロナワクチン接種予約

先週、地元の市役所より新型コロナワクチン接種予約の案内が届きました。
5月17日(月)の午前8時半からの受付開始でした。申し込みは電話とネットのいずれかで行います。
集団接種とかかりつけ医のいずれも選択できます。
9時ころ電話してみました。案の定通じません。
10時過ぎにネットで挑戦してみました。HPにアクセスすると、10桁の券番号と暗証(西暦の生年月日8桁)の入力を求められました。
これを発信すると、折り返し希望日、希望の接種場所などの入力画面が届きます。
漢字で姓名の入力を行い、接種希望施設を検索し、空いているところを探します。
私のかかりつけ医の選択は無理そうなので、集団接種場所を選びました。
日ごとに〇、△、×が表示されたので、○の直近日時を選択、入力しました。
そして送信すると、折り返し確認メールが届きました。
これで無事予約が完了です。
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指定時間に接種券と必要事項を記入した予診票を持参して、当日予約時間へ接種場所へ出向けば、ワクチンを接種できることになります。



出た~ チャドクガ

暖冬、暖春気味だったためか、憎つきチャドクガが発生しました。例年なら5月中旬以降と、8月の終戦記念日以降の2回の発生ですが、今年は以上に早くなりました。
ヤブ椿とドクター クリフォード・パークスの2本です。
幸い発見したのがごく初期だったので、葉の1枚にうごめいているところに、ラッカーをスプレーして固めてしまいました。
椿栽培で一番嫌われるのがチャドクガです。ほかにも葉を食いあらす虫や、病気がありますが、チャドクガの被害に比べればまだ我慢できます。
チャドクガは薬には弱いので、マラソンでもスミチオンでも噴霧すれば、死滅します。しかし鱗粉が飛んだりして皮膚に着いたりするとかぶれるので、600円ほどで購入したラッカーをスプレーするのがベストです。
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毎日庭を回って、チャドクガがついていないか監視しています。昨年までの古い葉が要注意です。それと夜の明かりに近いところに発生しやすいです。隣家の台所やふろ場の明かりのそばのツバキに発生しやすいです。
また茂りすぎないように、枝葉を剪定し、風通しを良くすることも大事でしょう。小鳥が止まれるくらいに透かすとよいと言われます。





最後の?自動車免許証更新

82才の誕生日を目前に、本日5月7日、地元の警察署で自動車免許の更新手続きをすませてきました。
4桁の二通りの暗証をインプットしてプリントをもち、受付へ。必要書類を出し、2500円を納めて、視力検査。すぐに写真撮影。その後5分で免許証が出来上がり、わずか20分で終わりました。

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75歳以上の高齢者の免許更新は、東京の場合、従来は自動車教習所1か所で、認知症検査と高齢者講習が住んだのですが、制度が変わったようで
①都内5か所の警視庁施設で認知症の検査を受ける必要があります。
 鮫洲、八王子、府中、江東、滝野川のたった5か所しかなく、電話で予約しますが、希望日よりなり先になります。私は2月27日に滝野川でうけました。
 いずれの場所も電車やバスを乗り継いていかなければなりません。以前は教習所で全部済んだのですが、運用が変更になったようです。
 ひとりで五か所の一つへ出向けない人は、免許返上せよと言わんばかりです。
 検査の結果が「記憶力、判断力に心配はありませんという青色の用紙が交付されます。

②都内44か所の自動車教習所に予約をいれる必要があります。私の地元にはたった1か所しか教習所がありません。毎月一度電話で受付が行われるのですが、なかなか電話が通じません。朝からトライして、午後2時半にやっと予約がとれました。それが4月27日でした。朝8時半集合です。受付で5100円を払い、教室へ入ります。コロナ禍のため、通常の16人が半減され、わずか8人です。
2時間の高齢者講習(運転適性検査 夜間視力、動体視力の検査30分)、座学(30分)実車指導(60分)は無事すみました。実車指導では、S字やクランク、急発進、急停車などもありましたが、指導員からは運転はまだまだ大丈夫ですねと、太鼓判を押されました。

私の家から3分以内に銀行、郵便局、スーパー、コンビニ、クリーニング店、花屋などがあり、また町田バスセンターへ2系統、成瀬駅、長津田駅、玉川学園駅へのバス便があるので、車なしの生活も可能ではあります。
私の免許は古いので、中型や大型二輪までついていますが、いずれも運転したことはなく、原付と普通乗用車のみです。
安全装置の付いた車や、自動運転の車が早く普及してほしいものです。

哀悼 田崎祐一 さん

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高校同級生だった田崎祐一さんが4月22日に亡くなったと、奥様から電話があったときは、まさか彼が亡くなったとは、とても信じられませんでした。
朝7時半ころ電車の中で心筋梗塞の発作が起き、帰らぬ人になったとのことです。AEDが役立ったなかったのでしょうか。
いままで、病気のことは聞いたことがありませんでした。
1992年秋に始めた高校のミニ同期会の第1回のスピーカーを務めてくれていました。
その後も、利き酒の話、相撲の話、キューバや極東ロシアへ行った話などしてくれていました。大相撲見物や東京競馬場見学なども企画してくれました。

一昨年10月に開いた最後の高校同期会の幹事長を引き受けてくれました。
最後に会ったのは、昨年11月11日に、神田錦町で開いた再開ミニ北斗会でした。

彼は高校時代、クラブ活動で放送研究会で活動していましたが、大学卒業後放送界に入ったただ一人の人でした。
文化放送では、みのもんたの先輩だったそうです。
色々なスポーツ中継を担当していたようです。
男の平均寿命は81.4才だそうですから、それには達していたとはいえ、返す返すも残念なことでした。

お別れの会は、目黒で開かれました。ご家族の他は同期の4人以外は参列者は一人おられただけでした。
通夜省略、無宗教式のお別れ会が、今年3度続きました。
コロナ禍で、葬儀のやり方がシンプルになってきたのでしょう。

合掌



小形包装物の添付書類の変更

海外に小包を送る場合、小形包装物という扱いがあります。
最大重量は2㎏までですが、EMS(国際スピード郵便)や小包より安く送ることができます。
航空便扱い・船便扱いのほか、エコノミー航空(SAL)便扱いができる国があります。

先日台湾の知人に小形包装物を送りました。
従来は下記のものを記入するだけでしたので、今回も記入して郵便局へ持参しました。
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最近、郵便物に禁制品が入れられることが増えたため、昨秋から取り扱いが変わったとのことです。
今までのやり方だと、先方に配達されなくて戻されることもあるとのことで、パンフレットを渡されました。
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仕方なく自宅へ戻り、パソコンを立ち上げて、HPを開いて、必要事項を記入して、プリントしました。
はじめてなので、時間がかかりましたが、作成できたので、再度郵便局へ出向いて、発送しました。
重量600gで、送料は850円でした。
私は何とかやれましたが、パソコンやスマホを使えない人は困ることでしょう。












椿の新芽

4月も下旬になり、椿の花はもう殆ど残っていません。
その代わりに、新芽が力強く伸びてきました。
鉢植には2月に大粒の緩効性化成肥料を与えています。
3~4月に咲く花が大きくなりますし、その後の芽吹きにも良い影響があるようです。
赤花の新芽は、赤みを帯びることが多いです。葉が完全に伸びると緑になります。
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消えたふみカード

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かつて郵政省時代に「ふみカード」なるものがありました。
郵便局での支払いにつかえるものだったが、プレミアムはついていない磁気式カードでした。
バスカードなども廃止になってしまいましたが、ふみカードもいつの間にか消えてしまいました。

種類は、500円、1,000円、3,000円で、1989年(平成元年)に販売開始されたそうです。私も東京中央郵便局で1枚買い求めました。
発売当時はテレホンカードやオレンジカードなどのプリペイドカードがブームになっており、コレクションの対象としても人気があったそうです。
郵便局の窓口で切手類・はがきの購入や郵便料金支払いに使用できたほか、切手・はがきの自動販売機で使用することができました。
ところが2003年(平成15年)日本郵政公社発足時に販売終了したそうで、その後、利用減少に伴い、2006年(平成18年)に利用停止、2011年(平成23年)に払い戻し受付けも終了してしまったとのことです。
私はこの間の経緯については全く知りませんでした。写真のカードは3000円のもので、パンチ穴から見て、400円位はは残っていたようです。
所詮何のメリットもないカードでした。
今やコレクションの対象にもならず、ゴミ箱行きの運命です。


名残のツバキ その3 御簾の内

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4月もはや半ばとなり、わが家のツバキも残り10種ほどになりました。
「御簾の内」は安達流創始者、安達潮花さんが1960年ころ、命名、発表されたといわれています。
こどもの国にありますが苗は殆ど増殖されていないので、普及していません。
少し底白の優しい色合いと形です。
名前にふさわしい名花だと思います。

名残の椿 その2

4月も半ばに差し掛かり、我家の名残椿も10種ほどになりました。
ダローネガ(Dahlohnega)はアメリカで作出された、クリーム色のジャポニカ系のツバキです。
千重咲、中輪で、やや遅咲きです。品の良さを感じさせます。
ダローネガとはアメリカ原住民の言葉で、「黄金」を意味します。
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名残りの椿

暖冬気味だったため、椿は早咲き、遅咲きが一斉に咲いてしまいました。
ソメイヨシノの満開時期と、椿の最盛期が一致するのですが、今年は例年に比べて、10日から2週間早かったのではないかと思います。
4月初旬となり、名残りの花が少し残っている状態になりました。
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↑ セニョリータ
名前はセニョリータですが、スペイン産ではなく、ニュージーランドで作出されたサルウィン系のツバキです。
今年は大きくよく咲きました。どちらかというと遅咲きのツバキですが、今年は3月から咲いています。

目下の庭仕事は、花殻を摘み取り、落ち花を拾い、鋏をもって剪定しています。
狭い庭に何十もの椿、山茶花を植えているので、込み合っているんです。

ほかの植物も同様でしょうが、椿は頂芽優先です。
頂芽が3本出ていることが多いのです。
そのままにしておくと、3本の枝が延びてきます。
わが家ではこれ以上大きくしたくない木が大半ですので、頂芽は一つにしています。
幹の方に向いている枝も切ります。

紅しだれ桜

都心のソメイヨシノは満開だそうですが、東京郊外の拙宅のあたりはまだ、ちらほらです。
西成瀬、オーディオテクニカ本社の横を入って2,3分の個人宅、松村邸の樹齢57年の紅しだれ桜は満開です。

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夜も照明をつけているそうです。

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こどもの国 ツバキ展

わが家から歩いて15分のところに、町田市・横浜市にまたがるこどもの国があります。
こどもの国のプールの奧に、広大な椿園があります。安達潮花さんのコレクションがもとになっていますが、
今や650種、7000本の椿があるそうです。
13日は豪雨でしたが、14日は快晴でしたので、午後出向いてみました。
今年はコロナ禍のため、全国的にツバキ展は中止になっているなか、貴重な催しです。

イベント広場はフリーマーケットの店が十数軒ならんでいました。玩具とか衣料品が主です。
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プールの手前に新しい建物ができ、そこでツバキ展が開かれていました。
整然と並べられている切り花は、全部椿園のものだそうです。
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竹の花入れや挿し木苗や、盆栽風の鉢植えが売られていました。